諸外国での国民(住民)発議の事例

諸外国において、発案権行使のイニシアティブ、拒否権行使のレファレンダムは、さまざまな案件について行われています。
その数は国家規模だと500件以上。これに自治体規模での発議を加えると、総数は数万件となります。

スイスインフォの「イニシアティブ」解説動画(2分間)

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このあとは、スイスやイタリア、アメリカなど、国民発議制度を整え、これを活用している国々の実施事例や発議に必要な要件など基本的なルールについて紹介します。

スイスの場合

スイスでは2022年に「たばこ広告の規制強化」に関するイニシアティブが行われた。
国民発議を行なった被害女性の母・アニタさん(左)とその姉のドリスさん。手にしているのは、娘が襲われた事件現場の写真を載せた自作のリーフレット。

スイスでは「禁酒」「連邦軍の廃止」「ベーシックインカム導入」「たばこ広告の規制強化」など、さまざまな案件について、これまでに国レベルだけで200件を超す国民発案(イニシアティブ)が行われており、自治体での請求・発議を加えるとその総数は万単位となります。
その夥しい事例の中で、ここでは性犯罪の被害者家族が行なった国民発案(イニシアティブ)について紹介します。これは筆者(今井)が現地で取材したものです。

性犯罪については日本でも長年にわたって深刻な問題となっており、2021年、当時の法務大臣が「性犯罪を処罰する対象範囲を拡大するか否か」などについて法制審議会に諮問しています。こうした法改正を望む性犯罪の被害者は少なくありませんが、日本では改正案を自身で国会に提案・発議することはできず、議員や政府に「法改正」をお願いするしかないのです。

でも、スイスでは市民が自ら憲法の改正案を作って18か月以内に10万筆(有権者総数の約2%)以上の賛同署名を獲得すれば、国民発案(イニシアティブ)が成立します。そのイニシアティブに挑戦したある性被害者の家族の事例を紹介します。

アニタさんはサンクト・ガレン州にあるブッフスという町で娘さんと共に暮らしています。その娘さんが、刑務所から釈放された直後の性犯罪者に襲われ、強姦されたあと首を絞められ殺されかけました。この事件は1996年の2月に起き、娘さんは当時13歳。犯行から5日後に捕まった男は4年前にも同様の罪を犯していました。

スイスではその後もこうした再犯事件が後を絶たず、4年後、アニタさんは被害に遭った娘とも相談したうえで、刑務所内にいる性犯罪者が容易に釈放されないよう刑法を改める国民発議を行うことを決意します。そして、自ら発議団体の代表人となり、姉ドリスの協力を得て賛同者を募りました。
自宅に電話やFAXを据えて署名収集運動を始めたものの、政党や労働組合など大きな組織の支援を受けていないので人的にも資金的にもとても貧しく、10万筆(有権者総数の約2%)という規定の署名を集めるのは困難を極めました。

ちなみに、日本の有権者総数の2%は210万筆です。

「発議団体のスタッフは私や姉を入れて5人だけ。署名簿の印刷にかかる費用を捻出しようと家族でロウソクを売り歩いたりもしました」と語るアニタさんに、刑法を改めたいと考えたのはなぜなのか訊いてみました。

「大勢の子供が私の娘のように性犯罪の犠牲になっています。被害者家族同士の交流を重ねるうちに、私たちは現行の法律に欠陥があると考えました。犯罪者は捕まった後、年に一度、医師の鑑定を受け『改心し矯正した』と判定されると刑期途中で釈放されるのですが、娘を襲った男を含め釈放された人間が犯罪を繰り返す事例が増えています。私たちは『治癒不可能な極めて危険な性的暴力的犯罪者については刑期途中で釈放せず拘禁し続け、必要なら終身刑とする』よう求めたのです」

1年半にわたって署名集めを続け、ようやく「発議」にたどり着いたものの、発議後は人権擁護団体から猛烈な抗議が届くし専門家による論調も刑法改正案に批判的で、アニタさん家族は意気消沈。ところが、国民投票の結果は意外なものになりました。

「更生不可能な性的・暴力的な犯罪者の永久拘禁を可能にする憲法の改正」の是非を問う国民投票(2004年2月8日実施)
投票率 45.53% 賛成 56.19%/反対 43.81%

アニタさん姉妹が10万筆の連署を添えて発議した刑法改正案は、スイス国民の賛同を得て可決・成立したのです。

この改正内容に関する意見はいろいろあるでしょう。
ただ、資金も組織もない普通の市民が法律の改正発議ができるという制度の実効性を理解してください
議員や政府に「お願い」するしかない日本とは異なり、情熱を持って時間と労力を費やして人々の賛同を得られれば、堂々と法律の改正発議ができることのすごさ。
デモや集会を繰り返しても一切無視される日本の実情とは大違いです。
実効性を伴う市民の政治参加というのは、こうした制度が備わることによって保障されるので
す。

イタリアの場合

「拒否権行使のレファレンダムの事例を、このあと2つ紹介します。

カトリック教会と保守派が離婚の合法化」に拒否権発動(1974年)

イタリアではカトリック教会の強い影響を受け、長らくの間、離婚が法的に認められることはありませんでした。つまり、一度結婚したら一生夫婦でいないといけないのです。
1960年代以降、離婚や人工妊娠中絶の合法化を切望する人々が急速に増え、フェミニズムのグループや社会、共産両党が動いた結果、国会は1970年12月に「婚姻解消の諸々の規律(離婚法)」を制定して、条件付きながら「離婚」ができるようになりました。また、その翌年には避妊薬ピルの使用が法的に認められ、1978年には「中絶」に関しても合法化されました。

この解放的な流れに反発したのがカトリック教会やキリスト教民主党でした。彼らは離婚法を葬るべく、憲法75条で認められている「法律の廃止を求める権利」を行使。規定の50万筆を超す64万余の請求署名を集め、「離婚法を廃止するか否か」(つまり以前のように離婚を非合法とするか否か)を問う国民投票に持ち込みました(1974年5月13日実施)。

イタリア共和国憲法 第2節 法律の制定 第 75 条の要旨
50万人以上の有権者あるいは5つ以上の州議会が求めれば、法律あるいは法律の効力をもつ行為のすべてまたは一部の廃止を発議することができる。そして、廃止の是非は国民投票によって決定される。


「離婚法の廃止」の是非を問う国民投票(1974年5月13日投開票)
投票率 87.72% 賛成40.74%/反対59.26%

バチカンやカトリック教会が信徒に対して強烈な締め付けを行いましたが、「離婚の非合法化」に賛成する人は多数派とはなりませんでした。ただし、1970 年制定の法律では離婚手続きが極めて煩雑で容易には離婚ができず、その後何度か「離婚法」は改正され、現在では手続きが比較的容易になりました。

原発の稼働を認める法律」への拒否権発動(2011年)

1987年の「脱原発国民発議」の勝利により、イタリアの原子力計画は大幅に縮小されたものの、深刻なエネルギー不足に陥り、原発を稼働させているスイス、フランスなどから電力を買い入れることになります。そしてイタリアの電気料金は高騰。
こうした状況の中、政権を握ったベルルスコーニは、「イタリアにおける原子力エネルギーの再活性化促進」を法制化するなど、明確に原発再開を宣言しました。そして 2009 年には、原発立地先を確保するために、政府が自治体の同意を得なくても立地・建設・運転を決定でき、原発受け入れ自治体の市民は「補償」を受けられることを法制化。つまり、1987 年の「脱原発国民発議」による国民投票で決まったことをすべてひっくり返そうと考えたわけです。

市民グループ「市民防衛運動」はこうした原発再開の動きに強く反発し、1987年同様、憲法で認められた法律廃止を請求する権利を再び行使。2010年5月1日から7月末日までに75万筆もの署名を集めて「原発の再開を認める諸法を廃止せよという発議」を行いました。
その結果、憲法裁判所は2011年1月、「原発再開」のために国会が制定した複数の法律を廃止するか否かを問う国民投票を、6月中旬までに実施することを命じる判決を下しました。

  

投票用紙とローマ市内に張り出された反対派のポスター(原発再開を可能にする法律の廃止に賛成するよう呼び掛けている)

「原発稼働を可能にする法律の廃止」の是非を問う国民投票(2011年6月12-13日投票)

投票率 54.79% 賛成94.05%/反対5.95%

結果は予想通り脱原発派の圧勝となった。これを受けてベルススコーニ首相は記者会見を開き「我々は原子力発電とサヨナラすることになった」と発言。彼の政権下で制定した原発再開をなすための諸法はすべて廃止となりました。

制度は価値中立

イタリアでの拒否権発動としてのレファレンダムの事例を2つ紹介しましたが、読者の多くは「原発稼働」に対する拒否権行使については肯定的にとらえ、「離婚の合法」への拒否権行使に関しては否定的に受け止めたのではないでしょうか。
「カトリック教会は拒否権行使のレファレンダム制度を使って人権を損ねるような運動を起こした」と。

お気持ちはわかりますが、「離婚」や「同性婚」を認めない保守派や教会にはこうした制度を使わせるなと主張したり、制度自体を否定するのは間違っています。
それは、例えば自分が支持する人物が勝つなら選挙で首長や議員を選ぶことを認めるが、負ける可能性が高いのなら選挙することを認めないと言うようなもので、民主主義の否定につながります。イニシアティブ、レファレンダムという国民発議制度も選挙も、あらゆる立場の人が公平にその制度を活用できるようにすべきです。

アメリカでは州や自治体でさまざまな住民発議が

ここまでは国レベルでの事例を紹介してきましたが、このあとは、および市町村などの自治体で住民発議(イニシアティブ)の制度が活用されている事例に関してアメリカを中心に紹介します。アメリカでは、コロラド、カリフォルニア、ミシガン、マサチューセッツ、ワシントンなど多くの州がこの制度を備えています。「発議」に必要な署名数は州によって異なりますが、だいたいは有権者総数の5%~10%で、既定の数を超える連署を獲得すれば、議会や知事は原則として「発議」を阻むことはできません。
アメリカ合衆国の「州」は、連邦共和国であるアメリカ合衆国を構成する「国家」であり、各州と連邦は国家主権を共有している。 

一方、日本では有権者総数の2%以上の請求署名を獲得すれば「条例の制定・改廃」を求める直接請求ができると地方自治法に定められていますが、2%どころか20%の署名を集めても60%の署名を集めても、議会にはその請求を拒む(否決する)権限があり、実際、過半数の連署を添えて請求したにもかかわらず議会が条例制定を拒んだ例がいくつもあります。それはどう考えてもおかしく、日本のそうした制度をアメリカ並みに是正すべきだと考えます。

アメリカの場合、さまざまな州において2001年以降だけで600件以上の発議がなされ、そのうち265件以上が住民投票で可決されています。1901年以降2600件を超す州規模での住民投票(州民投票)が行われていますが、アメリカでこうした「住民発議」「住民投票」が盛んに行われていることについて、日本では一般的には知られていません。
なので、多くの人はアメリカは「選挙の国」だというイメージを持っていて、イニシアティブ制度によって直接民主制が活用されているという事実を知らないでいます。

私がイニシアティブ制度の導入・活用の必要性を唱えると、「非常識だ」とか「そんな特異なこと…」と反駁する人がいます。しかし、「州において2001年以降だけで600件以上の発議」というアメリカの例を見てもわかるように、イニシアティブは非常識でも特異なことでもありません。


日本でも地方自治体では住民発議制度があって活用されています。
その解説は
日本でも自治体には住民発議制度がある
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