主権者が[拒否権・発案権・決定権]を持つ(今井 一)
[1]チョムスキーの「選挙」観

哲学者のノーム・チョムスキーは、自著『メディア・コントロール』の[観客民主主義]の項でこのように語っています。
民主主義社会における彼ら国民の役割は、リップマンの言葉を借りれば『観客』になることであって、行動に参加することではない。しかし彼らの役割をそれだけに限るわけにもいかない。何しろ、ここは民主主義社会なのだ。
そこでときどき、彼らは特別階級の誰かに支持を表明することを許される。
『私たちはこの人をリーダーにしたい』、『あの人をリーダーにしたい』というような発言をする機会も与えられるのだ。
何しろここは民主主義社会で、全体主義国家ではないからだ。これを選挙という。
だが、いったん特別階級の誰かに支持を表明したら、あとはまた観客に戻って彼らの行動を傍観する。
『とまどえる群れ』は参加者とは見なされていない。
間接民主制での「選挙」について、チョムスキーはこのようにとらえています。
[2]都合のいい主権者になっていませんか?
日本の場合、「憲法改正の是非」は直接民主制(国民投票)によって決定されますが、それ以外の国の政治・行政はほぼすべて間接民主制によって議会の多数派が事を決する仕組みになっています。
立法・行政・司法の三権のうちの立法府(国会)の議員を選ぶのは私たちであり、その国会議員の多数派が行政府(内閣)の長となる内閣総理大臣を選出するのですから、選挙がとても大切だというのは当然のことです。でも、とにかく投票に行って議員を選び、あとは観客席にいて彼らにお任せという「議員や政党にとって都合のいい主権者」になってはいませんか。
選挙が終わると、私たちは次の選挙の投票日が来るまでは観客席に追いやられ、立法府や行政府の行いに異議があっても主権者として実効性のある働きかけができません。例えば「国民的議論もせずに原発の再稼働や新設を決めるなんておかしい」とSNSに書き込んだり、集会で叫んだりしたところで、権力者は決してその声を汲みはしません。そして、たいていの人は不信感を募らせながらも「仕方がない」「世の中はこんなもんだ」とあきらめるのです。
[3]地方自治体にはイニシアティブ制度がある

日本では、私たちが主権者として立法府や行政府に対して異議申し立てをしたくても、実効性のある働きかけができません。そういう制度がないのです。
だけど、地方政治の場合はリコール制度があり、主権者・住民の連署により「議員・首長の解職」や「議会の解散」を求めることができます。あるいは「条例の制定・改廃」を求めることもできます。
直接請求権と呼ばれるそうした主権者の権利は[拒否権・発案権]の行使を保障したイニシアティブ制度にほかなりません。
※条例の制定・改廃の最終決定権は議会にありますが、リコールの最終決定権は一人ひとりの住民にあります。
しかしながら、国政にはそうした[拒否権・発議権]を発動するためのイニシアティブ制度がありません。それが、議会多数派(与党)のやりたい放題を生み、議会主権ともいえる状態をもたらしています。
形骸化している国民主権を実質的なものにするためには、私たち主権者が[拒否権・発議権・決定権]を持つ必要があり、それを保障するイニシアティブ制度の導入・活用が欠かせません。「選挙制度」だけでは不十分なのです。
[4]イニシアティブ制度の導入・活用を
間接民主制の「選挙」というツールだけでは、「選挙と選挙の間」の日々行われる重大な政治的決定の場に私たちは関与できず、観客民主主義に陥ることが避けられません。
これは政治に対する個々人の情熱の有無の問題ではなく、私たちが主権者として政府や国会に実効性のある働きかけをなし得る制度が整っているか否かの問題です。そして、その制度・仕組みこそ主権者の[拒否権・発議権・決定権]を保障するイニシアティブにほかなりません。
「拒否権行使」としてのイニシアティブは、政府(あるいは自治体)および議会が行なった行政や立法について、主権者・国民の側がそれを撤回、廃止すべしという請求をするのが一般的です。規定の連署を添えて請求すれば、自動的にあるいは政府や議会が請求を拒んだ場合に、賛否を問う国民投票が行われて決着をつける制度です。
例えば、イタリアではこの制度を使って、カトリック教会とキリスト教民主党が「離婚を認める法律の廃止」を求めたり、緑のグループが「原発の稼働を認める法律・制度の廃止」を求めたりしています。
※「国民拒否」は、厳密にいうと “initiative” ではなく “popular veto“ あるいは “veto referendum” と呼ばれるもので、スイスでは、“referendum” の一つとして分類されています。
「発議権行使」としてのイニシアティブは、憲法や法律の制定・改廃、国際条約の批准・廃棄などについて、規定の連署を条件に国民の発議権を認めるもので、請求後に国民投票が実施されます。スイスやイタリアなどは国政および自治体レベルで、ドイツやアメリカなどは州を中心とした自治体レベルでこの制度を導入し活用しています。
「女性投票権の容認」「死刑の廃止」「原子力発電所の段階的廃止」「テレビでのアルコール飲料CMの規制」「医療用マリファナの合法化」「連邦軍の廃止」「ベーシックインカム導入」「小児性愛者を児童関連事業に就かせない」「最低賃金アップ」「すべての動物実験禁止」「同性婚の禁止」「尊厳死の容認」…。多種多様な案件について「国民発議」がなされ、その賛否を問う国民投票が実施されています。
※EUの「欧州市民 イニシアティブ」やフィンランドの「アジェンダ イニシアティブ」など、主権者が発議した事柄を国民投票ではなく議会が審議して採否を決める制度もあります。
1900年以降、諸外国において発議・請求されたイニシアティブの数は、国政レベルだけで300件を超えており、これに各国の「州」「市」など自治体レベルでのイニシアティブを加えると優に何万件という数字になります。
諸外国におけるイニシアティブの制度や具体的な事例に関しては[諸外国でのイニシアティブの事例]で詳しく紹介します。
スイスインフォの「イニシアティブ」解説動画(2分間)
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