日本でも自治体には住民発議制度がある

日本でも自治体には住民発議制度がある

日本の地方自治法には「直接請求権」に関する規定があり、地方自治体の政治に関しては国の政治とは異なり、主権者による「住民発議制度」が導入されている。

地方自治法 第5章 直接請求
74条 条例の制定・改廃の請求
簡単に言えば、主権者・住民は自治体にのみ適用される成文法である「条例」の制定・改廃を首長に請求する権利があるということで、有権者総数の2%以上の請求署名を得られれば請求できる。ただし、議会にはその条例の制定・改廃の請求を拒むことができる。
76条~88条 議会の解散および首長・議員の解職の請求
主権者・住民は議会の解散および議員の解職を選挙管理委員会に請求する権利がある。
請求に必要な署名数は、有権者総数の3分の1の数(その総数が40万を超え80万以下の場合にあつてはその40万を超える数に6分の1を乗じて得た数と40万に3分の1を乗じて得た数とを合算して得た数、その総数が80万を超える場合にあつてはその80万を超える数に8分の1を乗じて得た数と40万に6分の1を乗じて得た数と40万に3分の1を乗じて得た数とを合算して得た数)
議会および首長が解散および解職の請求に応じなければ、住民投票を実施し、有権者全体にその賛否を問うて決着をつける。

条例の制定・改廃の請求についての制度上の問題点
地方自治法上、住民投票条例に限らずあらゆる条例に関して、議会は直接請求された条例案の制定を拒む権限を持っているため、請求要件となっている有権者総数の50分の1(2%)以上どころか、たとえ2分の1(50%)以上の連署によって条例の制定を請求しても、議会は多数をもってこれを否決できる。

2022年12月20日現在、住民投票条例を制定した自冶体は(市町村合併などにより廃止されたものを含め)全国にのべ 600 以上あり、その条例に基づき実際に住民投票が行われた件数は427となっている([国民投票/住民投票]情報室調べによる)。吉野川の可動堰建設をめぐる徳島市での運動、東京電力の原発再稼働をめぐる東京都での運動など、各地で起こった住民投票運動のほとんどは「直接請求」での条例制定をめざすのだが、請求すれば必ず制定されるというものではない。
地方自治法上、住民投票条例に限らずあらゆる条例に関して、議会は直接請求された条例案の制定を拒む権限を持っているため、請求要件となっている有権者総数の50分の1(2%)以上どころか、たとえ2分の1(50%)以上の連署によって条例の制定を請求しても、議会は多数をもってこれを否決できる。
その否決続きの事例を具体的に示そう。1998年1月14日に「産廃処理施設」をめぐって岡山県吉永町で直接請求された住民投票条例案が議会で可決・制定された後、各地で行われたこの種の直接請求は、3年3か月にわたり39件連続否決となった。
そのなかには、愛媛県大洲市(有権者総数の53%)、熊本県人吉市(同48%)、徳島市(同49%)のように、夥しい数の法定署名を集めて請求しながら否決された事例もある。
直接請求でのこうした署名は、法定署名と呼ばれるもので、街頭などでよく行われている一般的な署名集めとはかなり異なる。署名収集を担う人(受任者)は、住所 や名前を記して選管に提出しなければならない。そして、署名者は住所、生年月日を 記し、自身の印鑑か指印により押印する必要がある(「押印」は2021年9月に廃止)。
大洲、人吉、徳島の上記3市の市民(請求代表者及び受任者)が、有権者のほぼ半数からそうした署名を得て市長に条例案の制定を請求した営みは大変なことで、それに要した時間と労力は計り知れない。
にもかかわらず、3市の議会は合理的な理由もなく請求を拒み、住民投票条例を否決した。つまり住民投票をやって民意を確認し汲み取ろうとはせず、「議員は住民の代表者なのだから、大事なことは自分たちが決める」と、ダム建設を容認・促進する姿勢を取ったわけだ。
このように議会が住民投票条例の制定を拒んだ件数は、1979年2月に立川市議会が「米軍立川基地の跡地利用」に関する住民投票条例制定の請求を否決して以降2021年12月まで直接請求の否決は570件(可決は117件)で否決率は83%に達している。

法定署名を有権者の3割集めようが5割集めようが議会が請求を拒否できる現行制度は、市民自治、住民主権を損なうもので、諸外国の制度と比較しても瑕疵があると言わざるを得ない。

リコール制度との決定的な違い

掲示した図を見てほしい。左側は「条例の制定・改廃の請求」で、右側は「議員・首長や議会への解職、解散請求(リコール)」。
左右両方とも地方自治法で定められた直接請求の手続きの流れをチャート化したものだが、制度としては大きく異なっている。
向かって右側の図、議員や首長の解職、議会の解散を求める(リコール)直接請求は、規定の連署をもって選挙管理委員会に請求すれば、議員・首長、議会は求めに応じて辞職、解散するか、求めを拒んで有権者全体の審判を仰ぐ(「解職投票」、「解散投票」と呼ばれる住民投票の実施)かどちらかを選択することになる。


ところが、左の図で示した通り、リコールではなく(住民投票)条例の制定に関しては、同じ直接請求であっても「請求する権利がある」というだけのこと。(議員や首長の解職、議会の解散の)請求を拒めば自動的に住民投票が実施されるリコールに関するルールとはまったく異なっている。
たとえ有権者の過半数の連署を添えて直接請求しても住民投票条例の制定を議会が拒否できる現行制度は、住民主権の原則からしてあまりに非常識で、速やかに是正すべきだ。では、どうすれば是正できるのか。

是正のための二つの手段

スイスやアメリカ、ドイツのように、主権者・住民が一定数の連署をもって法律の改正や行政施策について発議し、住民投票での決着を求めれば、議会や首長はそれを拒めず、必ず住民投票が行われる制度を日本にも整えるべきなのだが、それを実現するためには主として二つの方法がある。
一つは、地方自治法などを改正すると同時に住民投票法を制定する道。つまり、前述(太字)の制度が国全体(すべての自治体)で適用されるように地方自治法を改正するとか住民投票法を制定するとかして法律によって制度を保障する方法だ。要するにリコールと同じようなルールにするということ。※これをAとする。
もう一つは、自治体ごとに前述(太字)の制度を条例によって整える道。つまり、過日、武蔵野市長が提案したような「実施必至型」住民投票条例を常設する方法だ。※これをBとする。

私(今井一)はかつて前者Aが最良だと考えていた。そして、1999 年に学者、弁護士、議員 らと共に住民投票立法フォーラムを起ち上げ、「住民投票に関する特別措置法」(試案)を作って発表した。だが、自民党政権のみならず民主党政権でもこうした動きに反応する国会議員はごくわずか。行政府も立法府もこの件に関する制度改正の必要性を理解しておらず、22 年の間、まったく取り組んでいない。
しかしながら、地方自治体においては、後者Bの方法を採用し、主権者・住民の発議権を認め(議会自身が)議会の拒否権を封じるところが着々と増えている。
日本でも、法律ではなく条例(自治基本条例、住民投票条例など)で主権者・住民からの発議権を認める住民投票条例を制定した自治体がこれまでに94ある。そのうち16は市町村合併に伴って廃止されたため、現在この型の条例を制定している自治体の数は78となる。
発議に必要な有権者の連署数をいくらにするか、投票権者に外国人を含めるかなど、基本的なルールは法律ではなく各自治体が制定する条例で定められる。
例えば、我孫子市では発議に必要な連署数は有権者の6分の1、岸和田市では同4分の1、豊中市では同6分の1、丹波篠山市では同5分の1でこの数を上回る署名を得られれば、原則として必ず発議案件に関する住民投票が実施される。議会や首長に実施を拒む権限はない。


地方自治法の直接請求権に則った住民投票条例制定(つまり住民投票実施)の直接請求の場合は、どんなにたくさんの署名を集めても、たいてい議会に拒否されるが、前述の条例は議会が発議や住民投票の実施を拒むことができない「実施必至型」となっている。
この制度を使って、丹波篠山市では(「篠山市」時代の)2018年10月、住民から市の名称を変更することを求めての住民投票実施の請求があり、翌月18日に実施。賛成多数となり、翌2019年5月より「丹波篠山市」となった。

愛知県高浜市が道を開く

そうした議会の拒否権を認めない「実施必至型」住民投票条例を制定・常設した最初の自治体は、愛知県高浜市だった(2000年議決、2001年施行)。
この条例は当時の市長・森貞述氏が議会に提案して全会一致で制定されたのだが、その背景には岐阜県御嵩町での町長襲撃事件がある。

産廃処理業の大手・寿和工業が御嵩町内の小和沢地区に巨大な産廃処理施設を設置する計画を進めようとしたことに対抗して、NHK 解説委員の職歴を持つ柳川喜郎町長は住民投票の実施を検討するも、それを口にした数日後に、2 人組の何者かに襲撃され瀕死の重傷を負った(1996年10月30日)。
町長襲撃という深刻な事件が起きたにも関わらず、御嵩町民の知恵と勇気により、翌年6月に住民投票は実施されるのだが、そうした御嵩町での動きは隣県の愛知県のメディアでも連日大きく取り上げられていた。森貞述市長はそうしたニュースを見聞きする中で、原発にせよ産廃にせよ重大な案件が持ち上がってから個別型の住民投票条例を制定するのは難しくなると考え、持ち上がる前の平穏なときに住民投票条例を制定し常設しておいたほうがいいと考え、提案したのだ。

だが、条例を制定するのは市長ではなく議会。「住民の請求を拒否できる」という議会の権限を封じ、住民投票実施の請求を議会が拒めなくする条例を議会自らが可決・成立させるというのは、議員の高い見識が求められる。
おまけにこの制度を導入している自治体はゼロ。前例がなく画期的だったので議会の同意を得にくく、森氏は請求(住民投票の実施)に必要な署名数をリコールに必要な数と同じ「有権者の3分の1」とハードルを高くして議員を説得。結局、自民から共産まで、全会一致の賛成を得た。

高浜市が制定して以降、こうした「実施必至型」の住民投票条例を制定・常設する自治体が徐々に増えていった。このあと、そのいくつかの事例を紹介するが、その前に、全体の数を示しておく。
細かな名称の異なりはともかく、いわゆる「実施必至型」の住民投票条例を制定した自治体の数はこれまで(2023年7月末まで)に94。そのうち、市町村合併に伴って16の条例が廃止されたため、現在この型の条例を制定している自治体の数は78となる。
この94のうち、外国人投票権を認めているか否かでカウントすると、「認める」として制定した自治体が53。そして、その53のうち11は市町村合併に伴って条例が廃止された。したがって、現在もなお外国人投票権を「認める」条例を制定している自治体の数は42となる。

常設の「実施必至型」はすでに78自治体に

改めて整理しよう。現在、常設の「実施必至型」の住民投票条例を制定している自治体の数は78で、うち外国人に投票権を認めているのは42となる。
その78の一部を一覧にして下に掲げる。
記述の順は[自治体名][条例の可決日][請求・発議できる者(「住民」のあとの括弧内は発議に必要な署名数)]で、最後に[投票資格者]について記載するが、日本国籍の者以外(外国人)に投票権を認めている条例については、その資格についても記した。

広島市(広島県)03.03.19 住民のみ(投票資格者の10分の1以上の連署)/特別永住者・永住者のみ。

美里町(埼玉県)03.03.25 議会・首長・住民(3分の1)/日本国籍者と特別永住者・永住者

桐生市(群馬県)03.06.20 住民のみ(6分の1)/日本国籍者のみ。

大竹市(広島県)03.12.22 住民のみ(3分の1)/日本国籍者と特別永住者・永住者。

我孫子市(千葉県)04.03.22 議会・首長・住民(8分の1)/日本国籍者と特別永住者・永住者のみ。

南伊豆町(静岡県)04.09.15 議会・首長・住民(6分の1)/日本国籍者のみ。

岸和田市(大阪府)05.06.22 住民のみ(4分の1)/日本国籍者と特別永住者・永住者+在留資格を有する3年を超える定住者。

逗子市(神奈川県)06.03.01 議会・首長・住民(5分の1)/日本国籍者と特別永住者・永住者+在留資格を有する3か月を超える定住者。

豊中市(大阪府)08.03.25 住民のみ(6分の1)/日本国籍者と特別永住者・永住者+在留資格を有する3か月を超える定住者。

川崎市(神奈川県)08.06.19 議会・首長・住民(10分の1)/日本国籍者と特別永住者・永住者+在留資格を有する3年を超える定住者。

木曽町(長野県)09.03.16 議会・首長・住民(5分の1)/日本国籍者のみ。

奥州市(岩手県)09.09.04 議会・首長・住民(6分の1)/日本国籍者と特別永住者・永住者+在留資格を有する 1 年を超える定住者。

鳥取県 13.03.22 議会・首長・住民(3分の1)/日本国籍者のみ。

生駒市(奈良県)14.06.24 議会・首長・住民(6分の1)/日本国籍者と特別永住者・永住者+在留資格を有する5年を超える定住者。

苫小牧市(北海道)15.06.23 議会・首長・住民(4分の1)/日本国籍者と特別永住者・永住者のみ。

橿原市(奈良県)17.12.22 住民のみ(6分の1)/日本国籍者のみ。

長崎市(長崎県)21.09.10 住民のみ(6分の1)/日本国籍者と特別永住者・永住者+在留資格を有する5年を超える定住者。

否決された武蔵野市(東京都)21.12.21否決 住民のみ(4分の1)/日本国籍者と特別永住者・永住者+在留資格を有する3か月を超える定住者。

なお、この実施必至型住民投票条例に基づき、住民からの発議により実施された事例としては、山口県山陽小野田市、石川県輪島市、兵庫県篠山市などがあり、首長あるいは議会が発議して実施された事例としては、埼玉県富士見市、同 美里町、岡山県哲西町、山口県岩国市、群馬県伊香保町、北海道静内町、同 三石町、滋賀県野洲市などがある。

「実施必至型」住民投票条例を制定・常設する意味は大

住民投票に関する欧米並みの法制度が整っていない日本。住民投票条例の制定を求める市民の直接請求をやたらと否決する議会が多い日本。そんな日本において、紹介したような実施必至型住民投票条例を制定・常設する意味はとても大きい。

なぜなら、国会には市民自治の拡充より自分たち議員が持つ特別の権限を護りたいという、政治家としての器量が小っちゃい人が多数を占めているようなので、法律によって住民発議・国民発議(イニシアティブ)や住民投票の制度を整えようと考える議員は少なく、現政権はもちろん野党が政権交代を果たしたとしても、そうした制度改革は自ら進んでやらないだろう。

なので、それぞれの自治体住民が欧米並みの市民自治制度を得るべく、こうした実施必至型の住民投票条例を自分たちのまちに制定するしかない。制定の意義はあるし、市民自治のツールとして実際に活用すれば、条例制定の意味はさらに大きくなる。

日本の国政で、イニシアティブ制度を実現する道は国政での実現への道
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